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関西電気保安協会

関西電気保安協会職員の困惑

ほんの数秒の、たかがCM、されどCM。
関西電気保安協会の職員にとって、
CM出演も大事な仕事の一つなのです、たぶん。

電気保安に寄せる熱意とは別に、
CMへの思いはそれぞれあって、
制作の舞台裏では、あんなことこんなこと、
いろいろあったりなかったり‥‥
そんな職員たちの物語です。

電気を守る。関西を守る。それが本職。

第1話「広報部 吉田浩一郎の困惑」

2022/3/06 読売新聞掲載

吉田浩一郎は困惑していた。
果たしてこんなウェブCMでいいのだろうか。
「これで協会の技術力や高度な専門性が伝わりますか。」
吉田は向かいに座った軽薄を絵に描いたような男に聞いた。
「そういう企画ではないので伝わらないかもしれませんねえ。」
広告代理店の社員だというその男は、ハワイからそのまま来たのかと思うような
派手なアロハシャツという、おおよそ社会人とは考えられない格好で、
薄ら笑いを浮かべながら答えた。
いや実際、薄ら笑いはしていないのだが吉田にはそう見えた。
吉田は問題点を整理しようと企画書の絵コンテにもう一度目を落とした。
ふたりの女性が車に描かれた協会のロゴについて話をしている。
協会のロゴが変わったという今更言うほどのこともない内容だ。
彼女たちの役は役者がやるのだろう。職員が出るのは最後の一コマだけだ。

吉田は大学を卒業してから協会に就職し、ひたすら技術畑を歩んできた人間だ。
日進月歩で進化する電気設備に合わせ、
自らの保安技術を更新する毎日を過ごしてきた。
この国の電気保安の最前線を走ってきた自負がある。
今回の人事異動でなぜか広報部に来たが
根っからの技術屋としての誇りは忘れてはいない。
保安協会は工場やビル、個人宅を訪問し、点検や調査を行っている。
日夜、地域の電気保安を司る組織だ。
しかし縁の下の力持ち的な仕事ゆえにその重要性が伝わっていない。
だからこそ貴重な予算を充ててのCMなのだ。
日々、額に汗する仲間の姿も目に浮かぶ。
「もう少し職員の仕事を盛り込めませんか。」
「ちょっと難しいですねえ。」
色付きメガネを頭の上に持ち上げて軽薄アロハ男が即答した。
少しは考えてから答えてはどうか。せめて考えたフリの多少の間ぐらいとるべきでは。

「バズらないことには見てもらえませんからね、ウェブCMは。」
こちらの要求を入れてその上で見てもらえるようにするのが君らの仕事だろう。
クリエイターなどと横文字でかっこうをつけているが
実際はただの自己満足ではないのか。
「とりあえず次の企画の説明しますねえ。」
まだ次があるのか。
吉田は口まで出かかった言葉を飲み込み、
気を取り直して企画書のページをめくった。


※本文はほぼフィクションです※

吉田浩一郎は困惑していた。
果たしてこんなウェブCMでいいのだろうか。
「これで協会の技術力や高度な専門性が伝わりますか。」
吉田は向かいに座った軽薄を絵に描いたような男に聞いた。
「そういう企画ではないので伝わらないかもしれませんねえ。」
広告代理店の社員だというその男は、ハワイからそのまま来たのかと思うような派手なアロハシャツという、おおよそ社会人とは考えられない格好で、薄ら笑いを浮かべながら答えた。
いや実際、薄ら笑いはしていないのだが吉田にはそう見えた。
吉田は問題点を整理しようと企画書の絵コンテにもう一度目を落とした。
ふたりの女性が車に描かれた協会のロゴについて話をしている。
協会のロゴが変わったという今更言うほどのこともない内容だ。
彼女たちの役は役者がやるのだろう。職員が出るのは最後の一コマだけだ。
吉田は大学を卒業してから協会に就職し、ひたすら技術畑を歩んできた人間だ。
日進月歩で進化する電気設備に合わせ、自らの保安技術を更新する毎日を過ごしてきた。
この国の電気保安の最前線を走ってきた自負がある。
今回の人事異動でなぜか広報部に来たが根っからの技術屋としての誇りは忘れてはいない。
保安協会は工場やビル、個人宅を訪問し、点検や調査を行っている。
日夜、地域の電気保安を司る組織だ。
しかし縁の下の力持ち的な仕事ゆえにその重要性が伝わっていない。
だからこそ貴重な予算を充ててのCMなのだ。
日々、額に汗する仲間の姿も目に浮かぶ。
「もう少し職員の仕事を盛り込めませんか。」
「ちょっと難しいですねえ。」
色付きメガネを頭の上に持ち上げて軽薄アロハ男が即答した。
少しは考えてから答えてはどうか。せめて考えたフリの多少の間ぐらいとるべきでは。 「バズらないことには見てもらえませんからね、ウェブCMは。」
こちらの要求を入れてその上で見てもらえるようにするのが君らの仕事だろう。
クリエイターなどと横文字でかっこうをつけているが実際はただの自己満足ではないのか。
「とりあえず次の企画の説明しますねえ。」
まだ次があるのか。
吉田は口まで出かかった言葉を飲み込み、気を取り直して企画書のページをめくった。

※本文はほぼフィクションです※

第2話「営業所 技術一課 長岡康介の困惑」

2022/3/07 読売新聞掲載

長岡康介は困惑していた。
「それでは私は点検をするフリをすればいいだけなのですか。」
ひと通りウェブCMの説明を広報部から受けた後、長岡は念のため尋ねた。
「はい。セリフもないので安心してください。」
広報部の吉田という職員は、長岡の不安を解消したいかのように、にこやかに答える。
「演技するようなこともないわけですね。」
「ないです。なので撮影の時間もそんなにかかりません。」
違うのだ。長岡は不安なわけではない。むしろ不満なのだ。
なぜなら長岡はCMに出たいのだ。もう少し言えばセリフも欲しいのだ。
求められるならダンスとか歌を歌ってもいい。
長岡がCMにかける思いは並々ならぬものがあった。
誰にも言ったことはなかったが、長岡が保安協会を選んだのは、高校の電気科で
取得した資格が活かせるということもあったが、CMに出てみたかったのだ。
長岡が保安協会に入る前から、保安協会では職

員が出演するCMが長年続いていた。
関西では知らない人がいないともいわれるそのCMに出ることは
長岡の就職前からの大きな目標でもあった。
もちろん仕事には真剣に取り組んでいたが、
それと同じぐらいCMにも真剣に取り組む覚悟だったのだ。
長岡はCMの絵コンテを確認してみる。
高校生同士が保安協会の話をしている。
レモンで電気がつくとかつかないとかそんな話だ。
その後に保安協会職員の仕事風景が短く入る。
なぜ保安協会のCMに高校生が出るのだ。主役は保安協会の職員ではないのか。
私が高校の制服を着てレモンの話をするのでは駄目なのか。
せめてレモンは私が手渡してもいいのではないか。
「私の出番はこの『そんな関西の日常を電気保安で支える仕事。』という
テロップの部分だけですか。」
「はい、そこだけでいいです。」
そこだけではよくないのだ。これなら私でなく

てもいいではないか。
CMが放送された後に、いつもの保安点検先のお客さまから
「あ、見ましたよ。長岡さん。お芝居うまいですねえ。」とか言われて
満更でもないという顔をするシミュレーションも重ねてきたのだ。
「あの無理であれば今回は。」
無言の長岡を見かねて吉田が言った。
「やります。」
長岡は即答した。


※本文はほぼフィクションです※

長岡康介は困惑していた。
「それでは私は点検をするフリをすればいいだけなのですか。」
ひと通りウェブCMの説明を広報部から受けた後、長岡は念のため尋ねた。
「はい。セリフもないので安心してください。」
広報部の吉田という職員は、長岡の不安を解消したいかのように、にこやかに答える。
「演技するようなこともないわけですね。」
「ないです。なので撮影の時間もそんなにかかりません。」
違うのだ。長岡は不安なわけではない。むしろ不満なのだ。
なぜなら長岡はCMに出たいのだ。もう少し言えばセリフも欲しいのだ。
求められるならダンスとか歌を歌ってもいい。
長岡がCMにかける思いは並々ならぬものがあった。
誰にも言ったことはなかったが、長岡が保安協会を選んだのは、高校の電気科で取得した資格が活かせるということもあったが、CMに出てみたかったのだ。
長岡が保安協会に入る前から、保安協会では職員が出演するCMが長年続いていた。
関西では知らない人がいないともいわれるそのCMに出ることは長岡の就職前からの大きな目標でもあった。
もちろん仕事には真剣に取り組んでいたが、それと同じぐらいCMにも真剣に取り組む覚悟だったのだ。
長岡はCMの絵コンテを確認してみる。
高校生同士が保安協会の話をしている。
レモンで電気がつくとかつかないとかそんな話だ。
その後に保安協会職員の仕事風景が短く入る。
なぜ保安協会のCMに高校生が出るのだ。主役は保安協会の職員ではないのか。
私が高校の制服を着てレモンの話をするのでは駄目なのか。
せめてレモンは私が手渡してもいいのではないか。
「私の出番はこの『そんな関西の日常を電気保安で支える仕事。』というテロップの部分だけですか。」
「はい、そこだけでいいです。」
そこだけではよくないのだ。これなら私でなくてもいいではないか。
CMが放送された後に、いつもの保安点検先のお客さまから「あ、見ましたよ。長岡さん。お芝居うまいですねえ。」とか言われて満更でもないという顔をするシミュレーションも重ねてきたのだ。
「あの無理であれば今回は。」
無言の長岡を見かねて吉田が言った。
「やります。」
長岡は即答した。

※本文はほぼフィクションです※

第3話「監視指令センター 大森博信の困惑」

2022/3/8 読売新聞掲載

大森博信は困惑していた。
「ウェブCMに出てくれないか。」
大森が上司の山崎から会議室に呼び出されて言われた言葉だ。
大森は人前に率先して出るようなタイプではない。
ましてやCMで演技をするということなど考えたこともない。
小学校の学芸会では「おじいさんその三」という、数合わせの役をやったくらいだ。
この協会が昔から職員出演のCMをしていることは知っている。
同僚や部下にも何人かCMに出演した人間がいる。
だからといって自分が出るとは想像もしていなかった。
工業高校を卒業し協会に就職して二十数年。お客さまを訪問し保安業務をこなしてきた。
今は契約先に漏電など電気の異常がないかモニター監視する業務についている。
二十四時間体制で電気の安全を見守る大切な業務だ。
派手な仕事ではないが、やりがいは感じている。

なぜ自分が。
最初に浮かんだ疑問がついてでた。「こういうものは希望者が出演するのでは。」
「いや広報部の指名だそうだ。」「指名ですか。」
おそらく拒否してもいいのだろうが、
あえて拒否するほどのアレルギーがあるわけでもない。というか
内容も知らないのに拒否もできない。広告というのも立派な仕事だ。たぶん。
「あの、どんな内容なんでしょう。」
「大森の役は、この監視業務の責任者だ。」
山崎はCMの内容が拙い絵で描かれた紙を大森に見せてきた。
絵コンテというらしいが、こんなもの見るのも初めてだ。
女性同士がうちのCMになぜ芸能人が出ないのかとかどうとか喋っているが、
自分の部分が気になって内容はよくわからない。
「なにか喋ったりは。」
「ないみたいだな。制服を着てモニター監視している様子を撮影するそうだ。」
「はあ。」別段演技力を求められたり、

変な格好をさせられたりするわけではないようだ。
大森が以前見た別のCMでは職員が着ぐるみを着せられたり、
コミカルな演技をさせられたりしていた。
いつもの仕事の様子を撮影するだけなら、あえて拒否するほどの理由もない。
「撮影については広報部からまた連絡があると思うから、よろしく頼むよ。」
そう言って上司の山崎は会議室を出ていった。
これは承諾したということになっているのだろうか。
大森はホッとしたような、
少し拍子抜けしたような妙な気持ちだった。


※本文はほぼフィクションです※

大森博信は困惑していた。
「ウェブCMに出てくれないか。」
大森が上司の山崎から会議室に呼び出されて言われた言葉だ。
大森は人前に率先して出るようなタイプではない。
ましてやCMで演技をするということなど考えたこともない。
小学校の学芸会では「おじいさんその三」という、数合わせの役をやったくらいだ。
この協会が昔から職員出演のCMをしていることは知っている。
同僚や部下にも何人かCMに出演した人間がいる。
だからといって自分が出るとは想像もしていなかった。
工業高校を卒業し協会に就職して二十数年。お客さまを訪問し保安業務をこなしてきた。
今は契約先に漏電など電気の異常がないかモニター監視する業務についている。
二十四時間体制で電気の安全を見守る大切な業務だ。
派手な仕事ではないが、やりがいは感じている。
なぜ自分が。
最初に浮かんだ疑問がついてでた。「こういうものは希望者が出演するのでは。」
「いや広報部の指名だそうだ。」「指名ですか。」
おそらく拒否してもいいのだろうが、あえて拒否するほどのアレルギーがあるわけでもない。
というか内容も知らないのに拒否もできない。広告というのも立派な仕事だ。たぶん。
「あの、どんな内容なんでしょう。」
「大森の役は、この監視業務の責任者だ。」
山崎はCMの内容が拙い絵で描かれた紙を大森に見せてきた。
絵コンテというらしいが、こんなもの見るのも初めてだ。
女性同士がうちのCMになぜ芸能人が出ないのかとかどうとか喋っているが、自分の部分が気になって内容はよくわからない。
「なにか喋ったりは。」
「ないみたいだな。制服を着てモニター監視している様子を撮影するそうだ。」
「はあ。」別段演技力を求められたり、変な格好をさせられたりするわけではないようだ。
大森が以前見た別のCMでは職員が着ぐるみを着せられたり、コミカルな演技をさせられたりした。
いつもの仕事の様子を撮影するだけなら、あえて拒否するほどの理由もない。
「撮影については広報部からまた連絡があると思うから、よろしく頼むよ。」
そう言って上司の山崎は会議室を出ていった。
これは承諾したということになっているのだろうか。
大森はホッとしたような、少し拍子抜けしたような妙な気持ちだった。

※本文はほぼフィクションです※

第4話「人材開発センター 西野健一困惑」

2022/3/9 読売新聞掲載

西野健一は困惑していた。
自分はこんな形でCMに出るはずだったのだろうか。
妙な照明に照らされて、パソコン操作をするフリをしながら西野は考えていた。
「西野さんちょっと出演してもらっていいですか。」「私でいいんですか。」
「大丈夫ですよ。西野さんなら。」
つい今しがた広報部の吉田にそう言われて、西野はパソコンの前に座っている。
関西電気保安協会では長年自社のCMに職員を出演させている。
今はウェブCMの撮影中である。
ただし主役は監視業務を再現している別の職員であり、
西野は彼の後ろでカメラに背中を向けて座っているだけの、エキストラも同然の役だ。
「それじゃあカメラ回していきます。よーいスタート。」
監督の声が響く。
西野が在籍するのは人財開発センターという、職員の研修を担当する部署である。
電気保安の技術も日々進歩している。職員も知

識や技能を更新する必要があり、
その研修を担当するのが西野の仕事である。
ここは研修用に実際の電気設備を備えていることもあり、
職員の作業シーンの撮影が度々行われ、西野も何度か撮影に立ち会っている。
自分も出てみたいとも思うのだが、指導員というプライドが邪魔をし、
自ら募集に手を挙げることはなかった。
「後ろのかた、もう少しだけ背筋を伸ばしてください。」監督から声をかけられる。
『後ろのかた』が自分のことだと気づいて西野は少し姿勢を正す。
このセンターでは指導員という一目置かれる存在の自分が、今は『後ろのかた』だ。
「いい表情ですねえ。素晴らしい。そのまま続けてください。」
背後でまた監督の声が聞こえる。自分に向けたものではないことはわかっている。
西野は背後の撮影風景がうっすら映り込むパソコン画面を見つめながら考えている。
正直、CMに出たい気持ちはあった。出演と言われて満更でもない気持ちもあった。

あったがこんな『後ろのかた』というポジションを自分は望んでいたのか。
協会から出演を乞われ「いやー私にできるかなあ。」などと
ちょっぴりの謙遜も交え出てみると周囲は大絶賛、という流れこそが
西野が頭の中で何度も描いてきたシナリオではなかったか。
「カット。OKです。」どうやら終了のようだ。広報部の吉田が近づいてきた。
「お疲れさまです。西野さん。良かったですよ。」良かったもなにも
座っていただけだ。疲れてもいない。少し姿勢を正しただけだ。
何がOKなのか。自分的には何もOKではない。
次回のCMには手を挙げてみよう。
自分のデスクに帰りながら西野は考えていた。


※本文はほぼフィクションです※

西野健一は困惑していた。
自分はこんな形でCMに出るはずだったのだろうか。
妙な照明に照らされて、パソコン操作をするフリをしながら西野は考えていた。
「西野さんちょっと出演してもらっていいですか。」「私でいいんですか。」
「大丈夫ですよ。西野さんなら。」
つい今しがた広報部の吉田にそう言われて、西野はパソコンの前に座っている。
関西電気保安協会では長年自社のCMに職員を出演させている。
今はウェブCMの撮影中である。
ただし主役は監視業務を再現している別の職員であり、西野は彼の後ろでカメラに背中を向けて座っているだけの、エキストラも同然の役だ。
「それじゃあカメラ回していきます。よーいスタート。」
監督の声が響く。
西野が在籍するのは人財開発センターという、職員の研修を担当する部署である。
電気保安の技術も日々進歩している。職員も知識や技能を更新する必要があり、その研修を担当するのが西野の仕事である。
ここは研修用に実際の電気設備を備えていることもあり、職員の作業シーンの撮影が度々行われ、西野も何度か撮影に立ち会っている。
自分も出てみたいとも思うのだが、指導員というプライドが邪魔をし、自ら募集に手を挙げることはなかった。
「後ろのかた、もう少しだけ背筋を伸ばしてください。」監督から声をかけられる。
『後ろのかた』が自分のことだと気づいて西野は少し姿勢を正す。
このセンターでは指導員という一目置かれる存在の自分が、今は『後ろのかた』だ。
「いい表情ですねえ。素晴らしい。そのまま続けてください。」
背後でまた監督の声が聞こえる。自分に向けたものではないことはわかっている。
西野は背後の撮影風景がうっすら映り込むパソコン画面を見つめながら考えている。
正直、CMに出たい気持ちはあった。出演と言われて満更でもない気持ちもあった。
あったがこんな『後ろのかた』というポジションを自分は望んでいたのか。
協会から出演を乞われ「いやー私にできるかなあ。」などとちょっぴりの謙遜も交え出てみると周囲は大絶賛、という流れこそが西野が頭の中で何度も描いてきたシナリオではなかったか。
「カット。OKです。」どうやら終了のようだ。広報部の吉田が近づいてきた。
「お疲れさまです。西野さん。良かったですよ。」良かったもなにも座っていただけだ。疲れてもいない。少し姿勢を正しただけだ。
何がOKなのか。自分的には何もOKではない。
次回のCMには手を挙げてみよう。
自分のデスクに帰りながら西野は考えていた。

※本文はほぼフィクションです※

第5話「営業部 妹尾涼子の困惑」

2022/3/10 読売新聞掲載

妹尾涼子は困惑していた。
「いつも通りに仕事してください。」短パンは妹尾にそう指示を出した。
『短パン』というのは個人的に心の中で、そう呼んでいるだけで、実際は『監督』だ。
真冬の撮影なのに短パンなので、妹尾が五分前に『短パン』と命名した。
巨大な顔が描いてあるトレーナーも謎だ。どこで買うのだ。裏原宿か。
行ったこともないが情報番組で見た通称だけが頭に浮かぶ。
「よーいスタート!」短パンが声を張り上げる。
妹尾が困惑しているのは短パンの『いつも通り』という指示だ。
妹尾は保安協会のウェブCM撮影現場にいる。
今、妹尾が座っているのはいつもの職場ではないし、いつもの席でもない。
会議室にしつらえられた急ごしらえのオフィスだ。
その上、妹尾の周りには短パンやカメラマンや照明マンや、
なんのためにいるのかもわからないマンが大勢いる。

そんな非日常な場所で『いつもの通りの仕事』というのも無茶な相談ではないか。
妹尾は真っ暗なパソコンに向かってキーボードをパチパチと叩いてみる。
マウスに手を添えてみるが持ち方がよくわからない。いつもどうしてたっけ、私。
「ちょっと電話かけてみてください。」
短パンが声をかける。妹尾は目の前の電話を取り上げてみる。
プープーという音を聞きながら口をパクパクさせてみる。鯉か。
昼前の撮影でお腹も減ってきたが、進行が遅れているせいか
ちょっとご飯食べていいですかと言い出せる雰囲気でもない。
妹尾の『いつも通りの仕事』とは保安管理契約を結んでいる事業所との調整や、
点検結果の報告である。新卒で入社してから四年。
仕事にも慣れ、現場や点検先の人と会話をするのは気に入っている。
もちろんそんなことが短い映像で伝わるわけもないのだろう。

『おじさんしかいなさそう』という世間のイメージ払拭のために妹尾は出ているのだ。
いやそう聞いたわけでもないが、
この協会に入るまでは妹尾もそう思っていたのでそうなのだ。
あのカメラの中で自分はどう映っているのだろう。猫背になっていないだろうか。
目が充血していないだろうか。モニターを見つめている短パンが気になる。
CMに出たいなどとは一言も言っていないのだが、
上司にちょっといいお菓子で買収されてしまったことを後悔し始めていた。
「OK!」短パンが甲高い声で叫んだ。
妹尾はほっとしたような物足りないような気がする。
「じゃあカメラ引いて、もうワンカット。」
まだあるのか。妹尾の腹がグーッと鳴った。


※本文はほぼフィクションです※

妹尾涼子は困惑していた。
「いつも通りに仕事してください。」短パンは妹尾にそう指示を出した。
『短パン』というのは個人的に心の中で、そう呼んでいるだけで、実際は『監督』だ。
真冬の撮影なのに短パンなので、妹尾が五分前に『短パン』と命名した。
巨大な顔が描いてあるトレーナーも謎だ。どこで買うのだ。裏原宿か。
行ったこともないが情報番組で見た通称だけが頭に浮かぶ。
「よーいスタート!」短パンが声を張り上げる。
妹尾が困惑しているのは短パンの『いつも通り』という指示だ。
妹尾は保安協会のウェブCM撮影現場にいる。
今、妹尾が座っているのはいつもの職場ではないし、いつもの席でもない。
会議室にしつらえられた急ごしらえのオフィスだ。
その上、妹尾の周りには短パンやカメラマンや照明マンや、なんのためにいるのかもわからないマンが大勢いる。
そんな非日常な場所で『いつもの通りの仕事』というのも無茶な相談ではないか。
妹尾は真っ暗なパソコンに向かってキーボードをパチパチと叩いてみる。
マウスに手を添えてみるが持ち方がよくわからない。いつもどうしてたっけ、私。
「ちょっと電話かけてみてください。」
短パンが声をかける。妹尾は目の前の電話を取り上げてみる。
プープーという音を聞きながら口をパクパクさせてみる。鯉か。
昼前の撮影でお腹も減ってきたが、進行が遅れているせいかちょっとご飯食べていいですかと言い出せる雰囲気でもない。
妹尾の『いつも通りの仕事』とは保安管理契約を結んでいる事業所との調整や、点検結果の報告である。新卒で入社してから四年。
仕事にも慣れ、現場や点検先の人と会話をするのは気に入っている。
もちろんそんなことが短い映像で伝わるわけもないのだろう。
『おじさんしかいなさそう』という世間のイメージ払拭のために妹尾は出ているのだ。
いやそう聞いたわけでもないが、この協会に入るまでは妹尾もそう思っていたのでそうなのだ。
あのカメラの中で自分はどう映っているのだろう。猫背になっていないだろうか。
目が充血していないだろうか。モニターを見つめている短パンが気になる。
CMに出たいなどとは一言も言っていないのだが、上司にちょっといいお菓子で買収されてしまったことを後悔し始めていた。
「OK!」短パンが甲高い声で叫んだ。
妹尾はほっとしたような物足りないような気がする。
「じゃあカメラ引いて、もうワンカット。」
まだあるのか。妹尾の腹がグーッと鳴った。

※本文はほぼフィクションです※

第6話「電気安全調査センター 杉村幸太郎の困惑」

2022/3/11 読売新聞掲載

杉村幸太郎は困惑していた。
「え、お父さんCMに出たん。」
そう言ったのは娘の美咲だった。
この春から東京の大学へ進学し、一人暮らしを始めたばかりだ。
たまの休みに帰ってくるが幸太郎と話すことはほぼない。
母親とはスマホでメッセージのやりとりをしているようだが
幸太郎に何か送ってくることもない。
「うん。テレビじゃなくてネットの方だ。」
「え、恥ずかしいやつじゃないやんな。」
美咲のトーンには父親のウェブCM出演を歓迎している気配が微塵も感じられない。
「そういうのじゃないよ。」幸太郎は弁解のように答えた。
「ふーん。」
美咲はそれだけ言うとスマホに目を移した。
幸太郎はなんだか悪いことをしたような気分になる。
幸太郎の『そういうの』とは美咲が子供の頃にやっていた保安協会のCMのことだ。
職員が素人らしい演技で笑わせる、関西ならで

はのとぼけた味わいのCMだ。
ただ子供心にはあまり嬉しくなかったのだろう。
美咲の気持ちを汲んだわけでもないだろうが、最近はストーリー仕立てだったり、
SFチックだったりと新しいCMに変わってきていた。
幸太郎も長年、保安協会で働いているがCMに出演するのは初めてだった。
幸太郎の配役は『真剣に仕事をする職員F』である。
人を笑わせるような演技は無理だが、いつも通りに仕事をするだけなら
自分にもできるだろう。幸太郎はそう思って出演依頼を引き受けた。
幸太郎の仕事は一般の家庭を訪問し
分電盤や配線といった電気設備の安全調査をすることだ。
ほとんどの家は問題ないが、だからこそ異常を見逃さないように心がけている。
こんなご時世にどこに行っても不審の目を向けられないのは
CMのおかげもあるのだろうと幸太郎は思って

いる。
「出ない方がよかったんやろか。」
美咲が帰った後、幸太郎は妻の明子に言った。
「私は好きやけど。」明子はそう言うが、美咲の反応は気になる。
父親が仕事をする姿は娘の目にどう映るだろう。
二日ほどして美咲から幸太郎に
『七十点』とだけメッセージが来た。
及第点は何点なのか聞きたい気持ちを抑えて、
幸太郎は『そうか』とだけ返した。


※本文はほぼフィクションです※

杉村幸太郎は困惑していた。
「え、お父さんCMに出たん。」
そう言ったのは娘の美咲だった。
この春から東京の大学へ進学し、一人暮らしを始めたばかりだ。
たまの休みに帰ってくるが幸太郎と話すことはほぼない。
母親とはスマホでメッセージのやりとりをしているようだが幸太郎に何か送ってくることもない。
「うん。テレビじゃなくてネットの方だ。」
「え、恥ずかしいやつじゃないやんな。」
美咲のトーンには父親のウェブCM出演を歓迎している気配が微塵も感じられない。
「そういうのじゃないよ。」幸太郎は弁解のように答えた。
「ふーん。」
美咲はそれだけ言うとスマホに目を移した。
幸太郎はなんだか悪いことをしたような気分になる。
幸太郎の『そういうの』とは美咲が子供の頃にやっていた保安協会のCMのことだ。
職員が素人らしい演技で笑わせる、関西ならではのとぼけた味わいのCMだ。
ただ子供心にはあまり嬉しくなかったのだろう。
美咲の気持ちを汲んだわけでもないだろうが、最近はストーリー仕立てだったり、SFチックだったりと新しいCMに変わってきていた。
幸太郎も長年、保安協会で働いているがCMに出演するのは初めてだった。
幸太郎の配役は『真剣に仕事をする職員F』である。
人を笑わせるような演技は無理だが、いつも通りに仕事をするだけなら自分にもできるだろう。
幸太郎はそう思って出演依頼を引き受けた。
幸太郎の仕事は一般の家庭を訪問し分電盤や配線といった電気設備の安全調査をすることだ。
ほとんどの家は問題ないが、だからこそ異常を見逃さないように心がけている。
こんなご時世にどこに行っても不審の目を向けられないのはCMのおかげもあるのだろうと幸太郎は思っている。
「出ない方がよかったんやろか。」
美咲が帰った後、幸太郎は妻の明子に言った。
「私は好きやけど。」明子はそう言うが、美咲の反応は気になる。
父親が仕事をする姿は娘の目にどう映るだろう。
二日ほどして美咲から幸太郎に『七十点』とだけメッセージが来た。
及第点は何点なのか聞きたい気持ちを抑えて、幸太郎は『そうか』とだけ返した。

※本文はほぼフィクションです※

彼と、彼女と、関西電気保安協会

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